偽エンディング

偽エンディング


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 爆発と炎、そして壊れた機械に囲まれていた部屋に眩いほどの光が刺す。
 光が一帯に行き渡るとともに、辺り一面、明るい光に包まれた世界へと変質していく。
 その中にぽつんと一人佇む少女の姿。
 腕に自分と同じ年頃の少女の亡骸を抱えた彼女の顔は、ずっと下を向き、この場所と対照的に暗く落ちていた。
 酷く痛々しく、そして弱々しく。


<<おめでとう、君が優勝者だ>>

 ただ、ただ、白い光の世界に声が響いた。
 それはこのゲームがようやく終わったことを彼女へと告げるモノ。
 長い道程をはて、ソレは下向く彼女の前へようやく姿を現した。

<<いやぁ、まさかボクらが用意した運営まで倒し、更に優勝するなんて僕にも全く予想できなかったよ>>

 声の主は、全長1kmはあろうかというクジラの姿を模した光の塊―――このゲームの主謀者ルドラサウム。
 思いもかけぬゲームの終了にルドラサウムの胸ははちきれんばかりの喜びに溢れていた。
 ルドラサウムの側にはプランナーが彼にかしずくように在る。


さぁ、約束だ! 君の願いを叶えてあげよう!!>>

 それは約束された甘い餌。
 運営陣を倒したものにもたらされる褒美。
 だが、それを聞いても少女は、まだ下を向き、抱える死体をずっと見つめていた。

<嬢ちゃん……>

 腰に括りつけられた一振りの大剣が心あらずな持ち主の少女へと話し掛ける。

「……」
 
 だが、それでも彼女は反応しない。
 今、彼女の頭の中あるのは、利用していたはずの人々の姿。


『……もってけ』
 魔獣の死骸の側に横たわる青年は彼女の足元に剣を投げた。
 宙に舞った剣から<酷いぞい!>という声が発せられる。
『何そんな顔してんだ? 超絶美形スーパーランス様とはいえ、ケイブリスの野郎のせいで少し疲れた。
 お前らは俺様が休んだ後、追いつくまでにむかつくヤツラをぶったおしておけよ。
 本当ならこの俺様が直々に成敗する所なのだが、お前らにその権利を譲ってやる。
 さぁ、とっとと行って、俺様の到着を出迎える準備をせんか』

 何言ってるんですか。そんな状態のあなたを置いていけるわけには……。

 そう言おうとした少女達の肩を老人が叩く。
 その老人の悲痛を堪え目を瞑り、首を小さく横に振る動作を見た少女達は言葉を言うのを止めた。
『約束、忘れるなよ。帰った暁にゃ……』
『えぇ、勿論』
『へっ、ひぃひぃ言わせてやるからな』
 そう応えた彼を後にし先へと進んだ。


『そんなものは虚しいだけじゃ!!』
『だが、それでも!! もはやこの私はこの道を進むのみ!』
 目の前にあるのは圧倒的力を備えた漢。
 一団の前に立ち憚る最大の壁。
 心技体、全てを揃えた漢へ対するのは一人の老兵。

―――否、彼もまた漢。

 しかし、実力の差は歴然としていた。
 スピードでこそ上回るが―――それだけ。
 意を決めた彼は、
『老兵は去るのみじゃよ……。のぅ、エーリヒ?』
 そうして爆発と共に消えていった。

『……見事だった』
 残る気を振り絞って動けば、死ぬ前にまだ数分は戦える。
 そうすればゲーム完遂として助け出される可能性もあった。
『彼の死を無駄にするな。行け』
 だが、空虚に満ちた心の彼は老兵の守り通したモノを黙って見送る事にした。
『もう一度お前とやりあうのも悪くない……。なぁ? タイガージョー』


『それでも私は彼と共にいれるなら後悔しません』
 何もない空間。
 暗い闇の中に包まれた場所で、少女は愛する相手を抱き締め、相対するもう一人の少女へと言い放った。
『例え、死んだとしても……二人一緒にいれるなら。私達のやってきたことが無駄じゃないって思うから』
 そうして、少女と少年は闇の中に沈んでいく。
 その光景を見届けた少女もまたゆっくりと消えていった。


『―――ッ!?』
 その小さい影の動きは速く、そして鋭かった。
 影―――いや、幼き少女が一手振るうごとにそこには炎が燃え盛る。
 ここに来て、幼い少女は彼らの難関として立ちはばかった。

『やりなさい!!』
 幼い少女が後ろから破戒締めにされる。
 少女を押さえつけた女が、自分ごと刺せ、とそれができる少女へ目を向けて声を挙げる。
『ごめんなさい』
 本当に小さく呟き、身体を震わせ、少女はその手で二人を貫いた。


『最後の警告だ。殺しあえ』
 周りを囲むのは、警告を発した者と同じ姿形をした機械兵。

 長い道程を越えてきた少女は悩んだ。
 叶えたい願いがある。
 そのためにここまできた。
 連れは間違いなく、自分の為に、と喜んで自分に刺されるだろう。
 そういう性格だ。

―――だけれども。そんな彼女が報えぬ世の中でどうするのだ?

 最後の最後でその考えが彼女を突き動かした。
 彼女は剣を持ち、無機質の少女へと飛びかかろうとする。

―――中枢さえ破壊してしまえば!!

『ごめんね、狭霧さん……』
 
 その声と共に少女の―――狭霧の意識は闇に沈んだ。
 
『……私が必ず守るから!!』
 翼を広げ、両手の爪を前へと突き出し、天使の姿をした少女は一人駆けていった。


まぁ、ゆっくり考えるといいよ。なんたってプランナーじゃなくてボクが願いを叶えてあげるなんて、君が初めてだからね>>

 狭霧の瞳にふつふつと光が灯り始める。
 ザドゥとしおりは失ったものの為に戦っていた。
 智機の心を聞いた時、少なからずだが共感できた。
 彼らもまた狭霧と同じく、いや参加者と同じくこのふざけたクジラに運命を翻弄された者たち。

「……力を」
<<ん、なんだい?>>
「あなた達を倒せる力を私に!!」
<じょ、嬢ちゃん!? そりゃ>
 かつてその身に覚えのあるカオスが、まずい、と言おうとした。
 だが、それよりも狭霧は、このクジラ達に対する怒りが隠せないでいた。

―――お前を殺す為の力をくれ―――

 そんな酔狂な願いをかなえるバカなどいない。
 一蹴されて、殺されるのがオチと狭霧は覚悟も決めていた。

―――だがそれでも。

 ランス、魔窟堂、知佳、恭也、アイン、そしてまひる。
 彼らを残して願いだけ叶えて貰うという選択肢に吐き気がさした。
 そんな事をするくらいなら、自分もまた魂となり彼らと同じクジラの元へ帰るのもいい。
 
 短くも長い試練を超えてきた。
 今の狭霧の心は決まっていた。


いいよ。叶えてあげる>>


 巨大なクジラの尻尾が振られる。
 狭霧からすれば「まさか」と思う驚愕の行動。
 カオスからすれば「まずい」と思う絶望の行動。
 プランナーは目を丸くし、ただその主の様子を見ていた。

 ルドラサウムにしてみれば、ただの気まぐれだった。
 自分を倒せる可能性を持った力を与え、この少女がその後どう動くかを楽しみに出来ると思っただけの末。
 バカ正直に自分に向かってきても、尻尾の一振りで存在を消せる。
 逃走して、第二のラサウムになれば、無限の時の中での楽しみがまた一つ増える。

 つまり、ルドラサウムは彼女をラサウムや三超神と同じ存在へと作り変えたのだ。
 
「……」
<<じょ、嬢ちゃん?>>

 自分の体が……いや、自分という存在が別物へと変わったのを狭霧は認識していた。
 それと共にもたらされる力と言う名の知識を理解する。
(力は永遠の八神よりは下でしょうか……)
 なるほど、人の意識を持つ玩具に作り変えられたのか。
 ラサウムと違い、それは大いにルドラサウムの好奇心の対象となるのだろう。
 もたらされた力と知識は狭霧に冷酷な事実を突きつける。

<<で、願いはかなえたよ、どうするんだい?>>

 ニヤニヤとしたクジラの声が響く。
 ギリギリと狭霧の歯がきしむ音がルドラサウムには聞こえるようで愉快だった。




 声が響いた。
 今はないはずの声が狭霧とカオスに。

「確かに倒せる力……」

 そういうと狭霧は手に持つカオスを握り締めた。
 そして、渾身の力を篭めて助走する。

(んー、やっぱりこの程度だったか。期待したぼくがバカだったかな)

 ルドラサウムは思った。
 せっかくだ。最後の夢を見させ、直前でかき消した時の彼女はどんな顔をするだろうか、どんな感情をするだろうか。

 それさえなければ、今ならばまだルドラサウムの勝ちだったに違いない。

「…………ならば!! 足りなければ奪えばいい!!」

 カオスに全力の力を篭めると狭霧は跳躍した。

―――プランナーの方へと。

突然の出来事にプランナーはほんの一瞬だが思考が停止する。
 ルドラサウムも驚いているのか動きが止まっている。
 ハッ、としてプランナーは思考を取り戻す。
 何を慌てることがあろうか。
 所詮はあの程度の力、主たるルドラサウムでなくても受けたところで何があろうか。

―――瞬間
 
 破裂音が辺りに響き渡った。

<<なっ!?>>

 カオスに叩きつけられてはじけ飛ぶ前にプランナーが発した一言がまだ空間に残っているような気がした。

 アリエナイ。
 何故、自分が破裂するのだ。

 朦朧とした意識の中で叫ぶプランナーだが時既に遅し、四散したプランナーは狭霧へと全て注がれていく。


―――何が起こっているんだ?

 ルドラサウムの頭の中は真っ白になっていた。
 如何に力を与えたとはいえ、そのままでは三超神に傷をつけれるほどのものでもなかったはずだ。
 永遠の八神と三超神とはそれだけの差がある。
 なにしろ子と親の関係なのだから。
 あの剣のせいか?
 そう思ったが、あれもまたプランナーが作り出した魔王と魔人を斬るための剣。
 複合したとしてもそこまでの力を発揮するとは到底思えない。
 では、何故?

 ルドラサウムが思考に陥ってる間にも狭霧はプランナーを吸収し終える。

「行きましょうか」

 淡々とした声で狭霧は呟いた。

<<あぁ、こいつで御終いじゃな>>

 呟きにカオスが答える。

―――そして

「「「「「「これで終わり(だ)!!!!」」」」」」
 
 無数の叫び声が起きた。


 その声で、ようやく我に返ったルドラサウムは気づいた。
 自分の体から幾つもの魂が抜け出していたことに。
 そして今、その魂の群れが狭霧のところにあるのを。
 それだけではない。
 ルドラサウムから次々と魂が抜けていき狭霧へと向かっている。

<<一体何が!?>>

 ルドラサウムは叫んだ。
 既に狭霧の力はプランナーを吸収し、膨れ上がっている。
 それだけではない、無数の力強い魂を取り込んだことでまだまだ膨れ上がる。
 しかも、魂の流出は滞ることなく、それはルドラサウムの力の減少と狭霧の力が彼に迫りつつあることを意味している。

 しかし、その間にも一歩一歩と狭霧は近づいてくる。

<<ここまでですね>>

 狭霧の背後に男の姿が浮かぶ。

 確かあれは、アズライトと言っただろうか。
 ロードデアポリカであり、本来の純粋な力なら参加者全員を相手にしても優勝できたはずのもの。
 元の世界でなら魔王にだって、いやもしかしたら力だけなら三超神に負けぬはずのものを持っていたはずのもの。
 しかし、何故、その彼があそこにいる?
 このゲームで死した彼は己に取り込まれたはずだ。
 そう……取り込まれたはず?
 
<<へっへ、俺様の作戦大成功ってところだな>>


 今度は柄の悪い男だ。
 三つの同じ顔がいたことをルドラサウムは良く覚えている。

<<よー、クジラちゃんよ。よくも今まで俺様達を弄んでくれたな>>

 愛用のタオルをぱんぱんと肩にかけながら……といっても幻影の姿であるが、鬼作が続ける。

<<何が起きたか解らないって顔してやがるな。
 冥土の土産だ。説明してやるぜ。
 おめえに取り込まれたおかげで俺達は魂だけの存在として残されてるんだと気づくことが出来た。
 なまじ、優勝者の願いを叶えるために俺達を初期化とかいうやつをせずに意識を残したまま、保存してたのが悪かったな>>

 そうだ。
 優勝したものの中には、死者の復活を願うものもいる。
 その時のために参加者や運営と運営を餌にした魂を保存しておいたはずだ。

 ……はずだ?

 そこまで言ってルドラサウムはようやく真相に気づいた。
 彼らの魂がごそっと自分から抜け出していることに。
 そして彼らの魂で作られた穴から、彼らの魂を道標にして他の魂も狭霧に流れ込んでいることに。

<<弱い魂や初期化して意思のない魂だったらこいつはできなかった。
 けどもここにはアズやんっつー、強力無比でしかも初期化されてない魂が存在していた。後は解るな?>>

 アズライトがルドラサウムからこのゲームに『参加させられたもの達』の魂をまとめ、狭霧の元に加わる。
 しかし、それはアズライトだけではできなかった。
 狭霧という彼らを引き付ける受け入れ先があったからこそできたこと。
 その他大勢の強く特殊な力を持つ存在があったからこそ。
 それなくしては、抜け出すことも受け入れられることもできなかっただろう。

 そうして力を得た狭霧によってプランナーは倒されたのだ。


う、うわあああぁぁああ゛あぁああああぁああああぁああ゛ああ!!!!!!!!???????>>

 ルドラサウムは恐怖した
 彼を支配するのは、自らの存在が死ぬ、消えるという恐怖。
 生まれて初めて味わうこの感情はルドラサウムの思考を全て奪いさった。

<<苦難を乗り越え良くやった、少女よ。今こそ正義の鉄槌を振るう時!!>>

 虎のマスクを被った男が狭霧の横に浮かび上がる。

<<我らの心技体全てを受け取れ!!>>
<<行くぞ、タイガージョー!!>>
<<あぁ!!>>

 タイガージョーの隣にはザドゥが構えている。
 たった一度といえど拳と拳で己の信念をぶつけ合った二人は長年の友のように息を合わせた。

「……力が増幅していくのがわかる」
 気を練りこむことによって、狭霧は魂の力が何倍にも引き出されるのを感じた。
 紛れもないタイガージョーとザドゥの力だ。

<<来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るな、来るなぁぁあああぁぁぁぁあ!!!!!!!>>

 狂乱し怯えた子供のように、ただひたすらがむしゃらに尻尾を狭霧へと叩きつけようとルドラサウムは暴れる。

 しかし、虚しくも当らない。
 体が中から溢れ打ち出される光も何の意味ももたない。
 狭霧の体がほんの一瞬ぶれたかと思うと全てすり抜けるかのようにしてかわされる。

<<やれやれ、まるで子供だな>>
<<ま、悪役の最後はこんなもんじゃろうて>>

 小太刀を構えた童顔の青年、ぼけた行動ばかり取って苦労させたジジイ。
 どちらも神速の移動を誇る二人だ。

<<行こう、狭霧さん>>

 浮かび上がった少女がカオスに手を取る。
 羽だけが背中に生えた彼女の姿はまさに天使と見まごう程の輝きを放っているようだった。

「……ええ!!」

 二人でカオスを握り締め、走り、思いっきり振り上げ、

 そして

<<バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカな……>>

「あなたは私達を甘く見すぎた!!」

<<……バガナ゛ァァァ゛ァァァアア゛>>

―――跳んだ

<<最後を決めるのは俺様の技だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!>>

――――――ランス・アタァァァァァァァック!!!!


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