318 SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜
318 SPI-04:『神語の書』〜あなたの知らない世界〜
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(ルートC:3日目 PM04:00 C−4 山中)
「思ったより大規模に崩れておるの…… くわばらくわばら」
ジンジャーを竜神社に乗り捨てて一時間余り。
魔窟堂野武彦は、敵の本拠地跡を発見した。
座標C−4。
島北西部に位置する山岳地帯。
地下に掘りぬかれていた基地は発破により支柱が破壊された為に崩落し、
山肌を巻き込んでクレーターの如く陥没していた。
底は見えず、砂埃は未だ治まっていない。
「なんとしても手に入れたい紙片なのじゃがなあ……
やはりこの崩落に巻き込まれてしもうたかのぅ」
スペシャルアイテム04『神語の書(一枚)』。
03『木星のブルマー』と同じく、USBメモリから読み取ったその効能とは。
―――世界を書き込んだ内容に改変する
御陵透子の【世界の読み替え】に等しいものであった。
否。記入者の任意に改変できるのであるから、それ以上であると言える。
その凄まじき効力ゆえに、たった一枚しか用意できないのであろう。
さて、そのアイテムの現在位置であるが。
野武彦の悪い予想を裏切らず、地盤崩落で地中深くに没していた。
ケイブリスでもいれば掘り起こしも出来ようが、
今の小屋組の力で、小屋組の装備で、それを入手することは、
残念ながら不可能であった。
「残念じゃが、単独では如何ともしがたいのぅ」
足場は不安定。
下に降りるルートも皆無。
その上、いつ二次崩落が発生してもおかしくないきな臭さを漂わせていた。
故に、野武彦はクレーターを降りることを諦めた。
しかし、神語の書の捜索を諦めたのかというと、そうではない。
日没までには、まだ一時間以上の時間がある。
C−4地区の捜索は始まったばかりである。
野武彦は更に山を歩く。
注意深く周囲の岩や地面に目を凝らして、人工物を探しながら。
ごろごろと礫岩が無造作に転がる斜面を、禿げ山を、登る。
「あれは……」
足早に傾斜を登った野武彦がたどり着いたのは、
岩肌をドーム状に開いた、オープンルームであった。
テラスの中央には、巨大な投擲機が鎮座していた。
主催者基地・カタパルト投擲施設である。
この施設のみが崩落を免れたのは、偶然ではない。
二つの理由によって、守られていた。
カタパルトそのものの重量や投擲にかかる運動エネルギーの負荷を考慮して、
足元に空洞が無く、地盤が強固で、基地から距離をやや隔てた位置に
この施設が配置されていたという、設計事情が理由の一つ。
もう一つの理由は、発破の実行犯・レプリカ智機P−22が、
カタパルト投擲にての脱出を安全に成すために、
この施設に影響を与えないよう計算し、爆弾・爆薬を設置したことである。
「シークレットポイントでは、なさそうじゃが……」
呟きとともに、野武彦は室内を調査する。
中心施設であるカタパルトは、磨耗により破損していた。
コンソールも無通電により電源が入らなかった。
その他機器もコンソールに同様であった。
ただ一台。
バッテリー残量があったことが幸いし、ノートPCのみが起動した。
「ふむ、収穫はこれだけかの」
その端末は、代行N−22が拠点崩落の直前まで使用していた端末であった。
管制室の情報集積サーバのミラーリング機であった。
野武彦に奪わせたUSBメモリのデータは、
この中のデータを厳選し、コピーをとったものであった。
つまりは。
N−22の選別から漏れたデータが、そこには眠っている。
N−22が選択的に除いたデータも、そこには眠っている。
その眠れるマシンを。
野武彦は、起こしてしまったのである。
野武彦の知らぬ智機世界のOSが、二十秒ほどで立ち上がる。
デスクトップには、幾つかのモニタリング情報へのショートカットが
整然と並べられていた。
その中に、一際目を引くフォルダがあった。
【死亡者情報】
ドクン。
その五文字を目にした瞬間、野武彦の心臓が跳ねた。
ドクン。
野武彦の額に、脂汗が流れる。
ドクン。
まるで酸欠の金魚の如く、口をせわしなく開閉している。
ドクン。
ちりり、ちりりと。
野武彦のこめかみが、鳴っている。
(知佳殿やアイン殿は生きているのか?)
それを、知ることができる。
それは、大きな収穫である。
だが、ここで得られる情報は。
得てしまう情報は。
決して、それだけに止まらぬ。
(ボウガンの出所は? 秋穂殿を殺したのは?)
野武彦の胸中の奥底に、ずっと眠らせていた思いが、
棚上げしていた疑念が、鎌首をもたげた。にゅるり。
(ここで、軍師殿が秋穂殿を殺しておらぬことを確認できれば。
わしの憂いは全て無くなる。
心底軍師殿を信じ、迷うことなくその指示に命を賭けられる)
月夜御名紗霧の作戦立案・指揮能力は、
巨凶ケイブリスを相手に完璧に証明された。
故に、小屋組はモチベーションが上がっている。
仲間意識が高まっている。
(……そうでなければ?)
恭也の疲弊。透子の監視。
決して順風満帆とは言えぬ現状ではある。
それでも、希望は胸にある。
団結力を以って難局にあたる覚悟がある。
(軍師殿が秋穂殿を殺したことが確認できてしまったら?
その時、わしはどうなる?
迷い無く軍師殿について行けるのか?)
その中心に、間違いなく紗霧がいる。
大小差異はあれど、誰もが紗霧の才に頼っている。
果たして、彼女に信を置けなくなったとき、
小屋組は連合としての形を保てるのか?
(ならば、知らぬままでよい。ままがよい。
疑念は奥底に沈めたまま、ただ眼前の戦いを戦えばよい。
これまでだってそうしてきたのじゃ。
これからも……)
これからもそうするだけ。
野武彦はそう己に言い聞かせようとした。
(これからも……)
しかし、出来なかった。
既に、禁断の果実に触れてしまった故に。
知ることができることを、知ってしまったが故に。
(……)
野武彦は硬直する人差し指をゆっくりと伸ばし。
タッチパッドで矢印ポインタを動かしてゆく。
己の吐く息で白く曇った瓶底眼鏡。
その奥にある瞳の色は、窺い知れぬ。
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「おおっ…… おおっ……」
魔窟堂野武彦が、慟哭していた。
あまりにも深い絶望に捕われて。
『若い命を無駄に散らせぬ為に、我ら老骨がこの身を擲とう』
あの夜の森での誓いを、野武彦は思い出す。
その神聖で熱い男の誓いが、汚されたように感じられていた。
【死亡者情報】
【プレイヤー動向】
これら管理資料の最終更新時間は、昨晩20時15分。
管制室の発破に伴うサーバ破壊の少し前の時間であった。
それでも、彼が欲していた情報の凡そは網羅されていた。
朽木双葉とアインが、既に死亡していること。
仁村知佳としおりが、未だ存命であろうこと。
保護対象と思われていたしおりは、ゲームに乗り、
一人と一機を殺害/破壊していたこと。
有用な情報は、それだけであった。
不要な情報は、他の全てであった。
月夜御名紗霧――― やはり、であった。
紗霧は二人殺していた。
しかし、野武彦の疑念とは関係のない殺人であった。
予想の埒外にある、予想をはるかに上回る殺人であった。
野武彦は北条まりなに聞いていたのである。
彼女の最初の同行者・木ノ下泰男が如何にして絶命したのかを。
村落の雑貨屋に仕掛けられた罠は、
明らかに無差別に命を狙った罠であったのだと。
そしてまた、首輪は罠師であった頃の紗霧の呟きを、何度か捉えていた。
その音声情報もまた、野武彦は耳にしたのである。
言葉少なに、しかし楽しげに。
紗霧は罠に掛かった哀れな獲物をこき下ろしていたのである。
ユリーシャ――― まさか、であった。
ユリーシャは仲間を手酷く裏切っていた。
アリスメンディと篠原秋穂を殺していた。
恐らくは嫉妬心と独占欲の為に。
相手の油断を突き、確固たる殺意を持って、手を下していた。
ランスに気取られぬよう、嘘に嘘を重ねて、隠蔽していた。
それをおくびにも出さずに、か弱い風を装って。
清楚な顔をして、優雅な物腰で。
彼女は、今もなお、ランスの脇に侍っている。
その擬態、あるいは本性。
なんと悍ましく、恐ろしいことであろうか!
ランス――― これほど、であった。
血の気が多く、唯我独尊な性格をしていることは分かっていた。
彼と合流したばかりの頃の恭也との遣り取りで、
人のひとりやふたりは殺しているであろうと予想はしていた。
それは事実であった。
ランスは2人のグレンを殺していた。
姓無きグレンは、仕方ない。
知佳を愛娘と勘違いして飼い殺そうとした狂人である。
その一刀両断っぷりはさて置き、応戦するのは理解できる。
だが…… もう一人のグレン。
コリンズ姓を持つ異形。
ゲームに乗るを良しとせず、島からの脱出を図っていた男。
この男を殺した事実を、野武彦は許せなかった。
対立の末、殺したのなら、しかたない。
誤解の末、殺したのなら、諦めもつく。
そうではなかった。
単に邪魔だから殺していた。
紗霧のみならず、ランス、ユリーシャもまた外道。
世界の悪意害意を、野武彦は一身に浴びてしまった。
それはまさに、パンドラの箱。
故に。伝承をなぞるかの如く。
箱の底に残る希望もまた、在った。
「だが、わしには、恭也殿がいる!」
恭也は見事に、男であった。日本男児であった。
ワープ番長との速度勝負に敗れ、一度は情けない姿を晒しもすれど。
彼の戦いは全て、他者を守るための戦いであった。
ただの一度とて、ゲームに乗ったことなどなかった。
野武彦が目を通した全ての管理資料が、それを裏付けていた。
「そう、ああいう益荒男は死んではならぬ!」
再び虚空に力説する。
そこに、広場まひるの名前が、無かった。
じっちゃん、まひるちん。
気安い仇名で呼び合うほどの仲となったにも関わらず。
広場まひる――― そんな、であった。
まひるは、誰も殺してはおらぬ。
【死亡者情報】は、それを証してくれた。
しかし【プレイヤー動向】にて、懸念が発生した。
時は一日目の夜半。
突如、正気を失ったまひるが、同行者・堂島薫を捕食しようとしたという記録である。
幸いにして、駆けつけた高原美奈子の手によってまひるは正気を取り戻し、
事なきを得たのであるが。
その懸念を、もう一つの管理資料が裏付けた。
【参加者来歴】。
そこに、記載されていた。
この島に召還されるまでの、プレイヤーたちのプロフィールが。
ランスとは、リーザスなる国の王であること。
ユリーシャとは、カルネアなる国の第二王女であること。
紗霧とは、鋼鉄番長に仕える神鬼軍師であること。
恭也とは、学生にして御神流の若き師範であること。
そして、まひるとは。
学生にして、天使であった。
天使とは皮肉を利かせた蔑称に過ぎぬ。
その正体は、人に擬態し人を捕食する、人の天敵であった。
魔の者が、人に憧れ。
贖罪し、人の側に立つ。
それは、野武彦が大好きなファンタジー物の王道展開であるし、
実際彼には、人外の者に対するいわれ無き差別意識など皆無である。
誰よりも、まひるを受け入れる土壌と柔軟性を備えている。
であるのに。
今の野武彦は恐れと疑念を捨てきれぬ。
燃えるシチュエーションなどと受け入れられぬ。
人に擬態する。
この一節と、紗霧やユリーシャの化けっぷりに欺かれていた事実とが相まって。
信じてやりたくも、後ろめたくも。
いずれ正体を現すのではないか―――
飢餓感が限界に達したならば―――
そんな可能性が脳裏を掠めるばかりであった。
既にバッテリーは切れ、PCの液晶は黒く染まり。
その黒に近い闇夜が、カタパルトルームを満たしていた。
そこに、インカムから。
野武彦の心持ちとは真逆の、まひるの弾んだ声が、聞こえてきた。
『じっちゃん、しーきゅーしーきゅー、あいしーきゅー!』
野武彦は息を飲み、逡巡し、深呼吸をして。勉めて冷静な声を装って。
瞑目したまま、インカムの発話ボタンを握った。
「はいよ、どうしたんじゃ、まひるちん?」
『じっちゃん、やったよ! 世色癌で、恭也さん目覚めたよ!』
「おおう、そうかそうか! よかったのぅ、ほんによかった……」
齎された朗報に、野武彦が相好を崩す。
『じっちゃん遅いけど、何かトラブルでもあったりする?』
「連絡が遅うなって済まんの、まひるちん。
シークレットポイント探しに躍起になっておるうちに、
とっぷり日が暮れ、足下が見えんようになってしまっての。
幸い山小屋を見つけたので、朝までここに留まろうと思うのじゃよ」
『あたしがお迎えに行こっか?』
「いやいや心配には及ばぬよ。
……おっと、火種が燃え尽きそうじゃ。これにてご免!」
逃げも隠れもするが、嘘はつかぬの魔窟堂。
それは彼が自称する、お気に入りのキャッチフレーズ。
それが、今の野武彦は。
逃げて。
隠れて。
嘘もつく。
(じゃが、これは必要なウソじゃ…… 事実は秘さねばならぬのじゃ……)
今、彼らの顔を見てしまえば。
嫌悪感も、不信感も、必ず顔や態度に表れる。
それを隠し通せるほど、野武彦の神経は太くない。
果し合いの時は、明日。
ほぼ24時間後。
いまこの情報を、小屋の者たちに知られるわけにはいかぬ。
それは、不和しかもたらさぬ。
或いは、別離や破局すら招くやもしれぬ。
今は、この胸にしまっておくしかない。
それは、野武彦にも判っている。
判ってはいるのだが、割り切ることもまた出来ぬ。
苦悩。煩悶。後悔。逡巡。
負の渦流に、木切れ一つで巻き込まれている。
その荒波から逃れるために。
あるいは、荒波が細波に変わるまで。
野武彦には時間が必要なのである。
「エーリヒ殿……」
野武彦は縋る。面影に問う。
自分の様に、揺れず、惑わず、落ち込まず。
己を貫き通す意志力に満ちた軍人に。
「あやつらに守るべき価値は、あるのか……?」
野武彦は天を仰ぎ、形見のライターを強く握り締めた。
(ルートC)
【現在位置:C−4 本拠地跡・カタパルトルーム】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:@一晩頭を冷やす。得た情報は墓場まで持ってゆく】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×2、簡易通信機・小、斧
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【備考:疲労(小)、紗霧、ランス、ユリーシャに不信感、まひるに恐怖感】
※ゲームの各種記録を知りました
※カスタムジンジャーは竜神社で充電中です